2008年05月23日

ラルフローレン

1939年、ニューヨークのブロンクス区に、アシュケナージ・ユダヤ人の移民Fraydl(Kotlar)と家屋塗装業者のフランク・リフシッツのあいだに生まれた。 彼の人生は、インテリア・デザイナーのロバート・デニングと多くの類似点を持っており、2人共ファッションなしで成長してきたが、社会、古い金とカントリー・クラブスタイルの生活様式を形成し、市場に出し続けていた。どちらも子供の頃、この世界へ少しの露出も持たなかったが、各々は夢を視覚化し、引き起こすことに成功した。この視覚化は、結局ポロ・ラルフローレンへとつながることになる。

ニューヨーク市立大学シティカレッジにて2年間ビジネスを学び中退。1962年から1964年まで米国陸軍に入隊し、解放後の1968年、彼はリッキー・ロービアと結婚している。 彼はファッション学校に通わず、セールスマンとしてブルックス・ブラザーズで働いた後に、ネクタイビジネスのラベル・ポロを作り、後にこの名前を彼の最初の後援者であるノーマン・ヒルトンから購入している。ローレンのファッション帝国はその後、10億ドルのビジネスになったのである。

1967年に紳士服ブランド「ポロ・ラルフ・ローレン」を立ち上げ、ネクタイやポロシャツ、スポーツウェアで有名になった。1971年から婦人服も手がけている。1977年の映画「アニー・ホール」で、主演のウディ・アレンとダイアン・キートンが彼の服を着たことで「アニー・ホール・ルック」と称され一世を風靡した。

1986年には、フランス・パリ市内にアメリカ人デザイナーとして初めて路面店をオープンした。1990年代中頃、ポロ・ラルフローレンは株式会社になり、シンボルであるRLの下でニューヨーク証券取引所に上場された。

2006年3月30日、東京・表参道にアジアの旗艦店となる「ラルフ・ローレン表参道」をオープン。日本の路面店は表参道の他銀座にある。

2007年現在、ラルフローレンはニューヨーク、ビバリーヒルズ、シカゴ、ボストン、イーストハンプトン、ニュージャージー州、サンフランシスコ、ホノルルでブティックを持っている。

彼自身はデザイナーではなく自分の持つコンセプトをデザイナーへ提案する人、コンセプターであると称している(彼はデザイン画を描く事が苦手である)。
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2008年02月23日

ラルフローレン40周年

去年はラルフローレンが設立されて、40周年のようで、多くのラルフローレンの特集が雑誌でも掲載され、またラルフローレンに関するすごく分厚いファンブックのようなものも出版されていたようで、お店に行ったときに店員さんが見せてくれた。そのとき、友達は、もう15年以上前に買って愛用しているLEEのストームライダーを着ていたのだが、ショップ店員が、

 「そのストームライダーは、ミスターの、原点であり目標にしているアイテムなんですよね」
posted by yasu at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする